先日腰に入っていたこのようなバラバラの金属を
このまま置いておくよりも
・・・と おおかた こんな感じだろうと
組み立てたと言い 見せてくれました。こうしておけば
失うことも無し記念品でも無いけれど お世話になった
金属ですから 二度とお世話にならないようにしないと
いけないね。
昨日 刺身にした残りを漬けにしました。
ウスバハゲと ハマチの混合であります。こうすると
また違った味になり そのまま白ご飯とでも良し
酢飯にのせると簡単てこね寿司になります。
新鮮な魚は 何をしても 美味しいのです。
アラがまだあります。それをどうしたら良いか思案中です
もうこれからは 穏やかな日が来ないのだろうか
3日文化の日 風が強そうですね 7m~8mなんてぇ
こんな日は波は??これも情報の見る所で違うので
どれがホンマか済んでから こうやったと言う事なン
この間も予報士の話があって テレビを観ていたら
雨雲は移動するのではなく その場所に湧いて来ると
・・・まぁいろいろな 気象の話をしていたけど
予報というモノは
最後の最後で結局は分からないという答えでありました。
釣り人福井さんより うすばハゲを頂きました
何にして食べたら美味しいかと思い 鍋かフライかそれとも、
・・・・・え~っと
どちらにしても このハゲさんの着ているコートを脱がす事
です。
硬い皮に少し切れ目を入れて プライヤで挟んで引っ張って
脱がしました。 そうだ~刺身にしよう 白くて綺麗な身で
なるべく薄くなるように 切って行きました。
撮ってから あ・・飾りが無かったな 河原さんからの
パセリをつけたら見栄えがしたのに でもでも これでいい
クセが無くて美味しいウスバちゃんでした。
プライヤは便利な道具です いつも身近に置いてあります
キッチン、洗面所、など あっち、と こっちとに
栓を開ける時や 瓶の上に付いているプラスチックなどを
取り外すときなど
何かにつけてプライヤは役立つ道具でありますよ。
骨盤骨折男子が福井医大を退院して自分で運転して帰って
きました。
四日間は家でゆっくり休むと言っています
お医者さんて本当に凄いですね 折れた骨をつないで
元に戻してくれるのですから 腰にこれだけの金属が
入っていたとは驚きです 手でつまめないような
ネジや座金 長い棒など・・・
暖房が要るようになってきました
足元が冷たくて先日からふにゃふにゃの電気アンカをして
寝ています。薄くて軟らかいアンカで友人も
あんたに教えてもろた奴を買いに行って使っとるけどアレ
ええなあ、と言っていた。ウチは言うたんかいな
誰に言うたか そんなもん覚えてはおらんわ
去年かおととしの話しやろに、確かに足元が軟らかくてイイ
ベビー毛布を巻いておくと ほこほこです。
こんなアンカは今でも売っているんやろか??
極寒になってきたら電気毛布が要ります 今のところは
これで充分ですが 段々と朝が起きにくくなってきますね
長男が福井医大へ入院して早や一週間が経つ
26日に手術して二日目に
どんな具合か?と電話したら まぁ こんなもん・・という
ような事で ちっと痛いけど歩いていると言っていた
そら皮膚を切るんやから痛いはずやわ
2~3日の内に退院だと思う・・とブログを打っていたら
明日退院する、とラインが来ました。
毎朝走ってバーベルあげて鍛えていたから体力はマアマア
です。 さあ一人が居なくて楽していたけど 又仕事が
増えますわ 大きな子どもが帰って来るとなるとぉ~。
お向かいの洋子ちゃんから畑で茄子を頂きました。
洋子ちゃん宅の畑はウチのすぐ横です
頂いた茄子を夜なべに湯搔いています
夜なべって知らない人いますか?いませんよね
夜ご飯も終わって その後の仕事です。
軟らかくなった茄子の皮を優しく手でむきました
出汁つゆと擂りごまで味をつけて一晩おいておいて
頂こうと思います。 朝ご飯にです。
外で用事をしていたら もう昼頃になってしまい
祥希が ご飯を・・なんとかと言っているので何かをせな
・・と思いながら台所へ行ったらテーブルに美味しそうな
物が置いてありました。
これはなに? 天津飯やって へぇ~作ってくれたんや
それでご飯を食べよ、冷めないうちに という事だった
のです。はーぃいただきます お~っ美味しい凄く。
このオムライスは長男が入院する前に作ってくれたモノです
画像感よりも玉子はしっとりふんわりしていました。
「かあちゃんの炊くご飯はいつもやわらかい」と言いご飯は
かまどやの弁当を買いそのご飯を 使ったそうです
白ご飯の硬いのはウチはあまり好きではないので炒めるには
好ましくないようです。なんでもエエ 作ってくれたら
有り難いよ 何十年も作るのはもう飽きました。飽いたよ。
医大病院へ着いて玄関で手をかざすと 消毒液がでて来る
そこには「一度で充分手に広がります」と書いてあります
6階の北へ・・とエレベーターに乗った。エレベーターを
下りて6階でも北と南に左右に分かれており
インターホンを押したら ご用件はと聞こえてきたので
「森松勝利の説明を聞きにきました」そしたら北の病棟の
仕切りが開きました。コロナ対策があちこちと。
笑顔の看護師さんが こちらですと案内をしてくれて
入った部屋には担当のお医者さんと本人が話を始めかけて
いるところでした。優しそうな先生でした。
以前の骨盤専門の杉本先生は他の病院へ代わったという事
でしたが 前の手術の時には僕も一緒でした。
僕は背骨専門です。とおっしゃった・・背骨から骨盤への
固定してある金属を今回は抜く手術で こういうモノで
止めてあると、ネジクギのようなものを見せてくれ
ました。これはチタンで出来ていて重さが何グラムで
とか・・。写真を見ながらの説明で入っているボルトは
長いのや短いのや10本以上ありました。
手術のあくる日には歩けますと言ってくれました。
私がいちばん聞きたいのは当日は来なくてもいいですか
・・と云う事です
普通は手術の日には大体は家族が来るようですが
「連絡がとれるようにしておいてもらったら良いでしょ」
ということになりました。
去年の2月7日志賀高原へスキーに行って転落し
ドクターヘリーで松代総合病院へ運ばれ10日間
その後 救急サービス車(患者等輸送車両)で
福井医大病院へ怪我から一カ月の3月6日に手術
骨盤骨折、肋骨骨折、何やら骨折とギョウサンの
骨折で福井医大に骨盤の名医がおられると云う
ことで福井医大へ代わったのです
長野の松代総合病院も遠いところで手術するより
福井県でした方が何かと便利だ・・との事でした。
あれから腰などに何本もボルトが入ったまま
生活、仕事 最近は毎朝走って来てバーベル揚げ
・・まぁおとろしゃ・・というところです
そしてボルトを抜く手術の日がやってきました
怪我から1年8ヶ月余りです
きのう長男は一人で福井医大へ行き入院
今回はひとりで行き退院してひとりで帰って来る
・・・と思っていた処 手術の説明を家族の者に
聞いて貰わないといけないそうだと連絡が来た。
全身麻酔の時はは家族に説明があるそうです。
それで きのう也寸志に相談したところ快く
医大まで送ってくれるということになりました。
今朝
祥希が「南条のトンネル出た所は気を付けんと
あそこは事故多発場所だと私に言に来ました。
「あ~そううけ、也寸志に言っておくわ」
也寸志も何度もそこは通っているだろうけど
祥希は
一応は道中を心配してくれているんだな。と
有り難く思いました。
じいさんに訳を話して也寸志に送ってもろて
福井医大へ行って来る旨を言ったら
「ほうか~」だった。