お寺へ年末の 斎米とお鏡料を持って行きましたが
留守のようなので 郵便受けへ入れて来ました
郵便受けのモノは直接 事務所か部屋に入る
ようになっています。
そして墓地の方へ行ったら二人の女の人が草か何かを
取っているのか 地区の人かと思い近づいて行ったら
新田先生と も1人は娘さんのようでした。
母子でお墓の 掃除に来られていたようです。
挨拶をして 少し話していたら「也寸志君と言ったかな
高鳥の子とよく遊んでいたなあ・・・」って
「へぇーー先生よく名前を憶えておられますね」
「えぇっ也寸志くんて〇〇〇〇の子やった覚えている
ほんまに〇〇〇〇やった」
上のにいちゃん 何やったかな そやそや勝利くん
あの子、学校に水道のタンクがあって その上に登って
危ないしと思っていたら 他の先生が
もりまつーーぅ もう下りて来んでもええど と
言っていたのを忘れんへん 」と笑っていました。
新田先生は今94歳とかと言っていました。
凄い記憶力 話し方もしっかり はっきりです。
勝利、也寸志が西津小学校の時のはなしです。
親が使っていた箪笥を 私が欲しいと言っていた
・・・と言うて 取りに来てという
それはイツ言ったのか 親が亡くなってもう24年
です。
当時母親が亡くなった時は不要だろうから
モラウ って言うたのかも知れない。
今になって忘れた頃になって その話?
実家では新居が出来て要らなくなったのだろう
親からのモノは何もないから 形見にもらって
置いても良いだろうけど。。。
そんなに大きな箪笥ではないから 何処にでも
置けます、ふた昔以上経ってから・・か。
欲しいと言ったのか 記憶も薄らいでいる。
也寸志に運んでもらう事になりました。
昭和4年 1929年 太平洋戦争が始まる12年前
世界恐慌が起きます
世界恐慌というのは アメリカ企業の株価が大暴落したこと
により アメリカ国内の経済状況が極端に悪化し
アメリカに経済的に依存していた国々も 二次的に恐慌に
陥って 世界中が大不況となった。
世界中でモノが売れなくなったという事です。
当時日本はアメリカに大量の生糸を輸出していたが
殆んど買ってもらえなくなった。
新しい手を打たないと日本国内はどんどん
貧しくなってしまう一方です
日本は貿易に頼らず 自力で生きて行く力を付けようと
領土拡大政策をとるようになります。
その矛先として目を向けられたのは 中国です
広大な領土と豊富な資源があったので占領するのに魅力的
な国でした。
この時期の中国の国内の状況は かなり荒れていました。
中国大陸を一つにまとめていた清という国が衰退をして
もともと香港を植民地としていたイギリスを筆頭に
北からロシア 南からはフランス、ドイツといろんな国が
次々と清の広大な領土に手を出して来ていたのです。
中国大陸はかなり混乱状態になっていたのです。
こうした中で日本は 色々の国と揉めながら中国東北部の
満州という地域を獲得します。
第一次世界大戦はドイツが周りの国々に侵攻したことにより
始まったのです。
1000万人以上の死者がでたので 世界全体として
戦争はやめようとなった。
日本は満州地域関係から中国と揉めて日中戦争が起きた
欧米諸国 特にアメリカは中国の味方をして
日本は後戻りできなくなって そしてアメリカとの戦争
太平洋戦争になったのです、
あんた~ 解りやすく書いたつもり これで解ったか?
ウチも太平洋戦争が何が原因だったか詳しくは知らん
かった。 森松のおじいさんは31歳で戦死した。
戦争が終わって帰りの船の中で亡くなったという
地雷かなんかの爆発が元で怪我をしての事らしい。
当時の人は 国の言う通りせんならん 可哀想やったな
今は国の偉いさんにでも 文句言える時代で それが
良いのか 悪いのか知らんけど 時代が変わって来た
ちゅうことやわな。ほんならね~~。
実現するのは不可能だが、思考実験ならできるそうです
思考実験とは頭の中で考えてみることだそうです
こんなことを聞いたりしたことがあると思う それは
自分の立っている 地面の真↓下がどこそこの国だとか・・
なぁっ覚えがあるやろ あるはずやで。
地球に貫通トンネルを作り トンネルに鉄球を落とすと
どうなるかという 思考実験。
落下速度はどんどん速くなり 中心を時速3万キロ(最大速度)
で通過することが計算上 分かっているという。
その後は減速し 反対側の入り口に到着する時は速度ゼロになる
そこでいったん止まるが すぐ、また落下を開始する
そして中心で時速3万キロになり こちらの入り口まで来ると
ゼロとなってまた・・・と永遠にこの運動を繰り返す
鉄球がこのトンネルを往復するのに要する時間は90分
これも計算で分かっているそうです。
トンネルは地球の中心を通らなくても
どこでも同じ90分で往復する
例えば東京――ロンドンでも
東京――ハワイでも
どれも同じ90分で鉄球は往復運動をするという
この思考実験間違いないそうです
これを読んだとき 凄く驚いた。
福山雅治のように
「実に面白い」と言わずにおれません。。
・・・というのはなんでぇーー
夕焼けの次の日は晴れ☀・・・
夏の夕立はお天気続き・・・・と天気のことわざは
たくさんあります、
その一つは 柿の実が沢山なる年は寒さが厳しいという
それは何んで? かと言うと
柿がたわわに実るのは夏と秋の天気が順調だったからであり
大陸の高気圧が大きく張り出していたからである。
そんな年は冬になっても高気圧の勢いが衰えない。
高気圧の勢いの強い冬は 寒いのである
と云う事らしいです。 風邪などひかぬように気をつけましよ。
コロナも今だに勢いが強いし 感染者がまだまだ増えています
インフルエンザにも気をつけましよう
感染したらエライ(しんどい)目に遭うのは自分自身ですから
辛かったでしょうね。
2020年1月に日本で始まったのです
丸3年になります 本当に収束するのはいつになるのでしょ。
有線放送 又はスマホに 詐欺事件の事が入って来ます
そして家の鍵を掛けるようにと言う放送も何度も聞きます
夜 家人が寝ている時に泥棒が入って来ると言う話は
実際にあったことを 聞いた事がある。
随分前に 枕元を歩いているのを声をコロしてジ―ッとして
いたそうです。
危害を加えられたら損だと思ったらしい。
モノを盗られたかは その話は聞いていません。
なぜこの話になったかと言うと
今日 ノコギリ鎌が欲しくて 西津の商店 何でも屋
へ 行きました。その店は50年以上の知り合いです
車も停めやすいし
店の前へ車を停めて 外から中を見ると暗いのです
休みならカーテンが閉めてあるから 休みではない。
硝子戸を開けて「こんにちは。。。」返事が有りません
店の中薄暗いし なんなん?
もう一度声を掛けた。やはり返事が無い。
配達に行くなら前の硝子に「配達へ行っています」と
貼り紙がして有るはずです
ここの家は奥行きが長いので聞こえないのかなと思い
大きい声で呼びました。 し~ん です
外へ出てきょろきょろしていたら軽の車がプッと鳴らして
帰って来ました。
「ごめんごめん 配達へ行っとったんや」
「全部 店のモノ盗んで行くでーーほんまに鍵も掛けんと」
。。。ノコギリ鎌が欲しいんや」と言ったら
有るかナ?無いかも知れん」と言いながら箱の中を探していました
「あっ 有った一丁だけあったわ これでええやろ」
夏に向かう時には草がよう生えて来るんで よぉ売れるんやけど
これからは なあ。。これ500円でええわな」
ウチはマリーナの ある所の難儀な草を取りたいのです
手では取れない硬い草なのでノコギリ鎌が欲しかったのです。
冬と言えども 毎日が悪い日ばかりではないだろうし
良い天気の時にボチボチと切り取って 後は春に除草剤で
根っこを やっつけようと思っています
段取りはいっかどやけど。。
明日の予報を見ると ここら⛄マークが出て来ましたね
しょうがない そんな時期になったんですから
天気図をみると みんかぁー南に台風だって それは
ジキに消えてしまい熱低に・・・
等圧線も狭くなって来て 冬(*´Д`)本番です
それも 通る道で 一年繰り返しです
今冬は雪が多いか 普通か 少ないかが気になります
気になった所でなるようになるのです・・
微力ながら出来るだけの対策をしておくことですね。
今迄のテレビの置き場所を 変えようかと思い
ラジオを点けて 聴きながらやると嫌気が出ないのでは
ないかなと そしてラジオを点けました
モノを移動するのが好きな癖はいつまでも治らないようです
♬ラジオでは らじるらお と言う番組でした。
らじるらお はリスナーと一緒に聴く楽しみを探求する実験室
でだそうです。
今日のパーソナリティーは 山口もえさんでした。
ラジオは姿は見えなくて声だけでの勝負ですが
山口もえさんの喋り方は可愛いし やさしいです 感じが良い
リスナーが どこどこの何さんからのお便りを 読んでいる
のを聞きながらもえさんが相づちを
「そっかそっか~」「すてきねぇ」「本当にそうですね」
「いい考えですね」、、、などと。
それがとても心地よく聞こえるのです。
聴き ながらテレビの移動が出来ました。 ちょっと
危ね―(◎_◎;)という時もあったけど(落ち着いて。。。)と
言い聞かせながら。ひとつ分からない所あるのですが
説明書「テレビ本体背面」を見ながらですがイマイチです。
分からない時には 時間を置いて ひと呼吸入れて。。。。
です。 何度もですが。
長年 25~6年咲いたことも無かった山茶花の花が
3年ほど前からナベちゃんのお陰で咲くようになり
今年は満開になりました。
白い花か紅い花かも分からなかった山茶花が 白だった。
一輪の花も咲かずに 庭にいた山茶花がこうして
咲くようになり 良かった。
ホンマに見事に咲かない木であった。
ナベちゃんの説明で咲かなかった理由が分かり なるほど・・・
そういう事なんかぁ とよく解りました。
そして こういうようにするのだと手を入れてくれました。
ナベちゃんに出会わなかったら 今でも咲かずにいただろう
冷蔵庫の残り野菜でスープを作ろうかと思いながら
それよか先に昼を食べよぉ・しかし何を食べよかと
思いながら先日コンビニで じいさんの新聞を買った時
レンジでチンのモノが有ったので カレーとシチューと
ハンバーグを買いました。
ハンバーグはその日に食べてはみたけど
好きな味ではなかった。 コンビニのハンバーグはもう
やめておきます あの味は要らないと思った。
カレーとシチューこれも初めてのコンビニ品
どっちをチンしようかと考えていた時
あのネエさまが来ました。
あれっ丁度良かったわ アンタも食べなよと言い
準備していたら あれっ も1人のネエさまが来たよ
ほんなら
半分ずつ分けて食べよか・・・と二袋をチンして
まぁまぁの味の シチューとカレーをご飯にかけて
食べました。
味は 普通だったけど この人らと一緒だし味より
話しが美味しい。気遣いも要らないしラクです。
食後はコーヒを飲んで しょうもない事を
喋っていました。
じいさんは隣の部屋で 賑やかやな声が聞こえて来て
喜んでいただろう。誰が来ているかは分かっております。
聞き慣れた いつもの声だから。。。(^^♪
人参や玉ねぎのスープは先延ばしで冷蔵庫へ返品です。